2023年度 二輪車の8の字走行解析システム評価 補助事業について

機械・制御系 平澤研究室では,公益財団法人JKAの補助事業に採択いただき,2023年度より『二輪車の8の字走行解析システム開発』をテーマに研究を進めてきました.このページでは,2023年度から2024年度の2年間の研究成果について,報告いたします.

1 研究の概要  

 自動二輪車の運動を計測する方法ために,「スマートパイロン」と名付けた装置を考案し,その装置の周囲を8の字走行する様子をカメラで撮影し,画像処理技術を応用して運動をデータ化する「8の字走行解析システム」を提案しました.このシステムについて,どのくらいの細かさで位置を測ることができるのか,計測実験を行いました.また,どうすればもっと使いやすくなるのかということを明らかにするために装置の改良を重ね,走行実験を行いました.下の図1は,提案する「スマートパイロン」のはたらきを模式的に示したものです.

            図1 提案する「スマートパイロン」計測システム


2 研究の目的と背景  

 オートバイやスクーターなど,工業製品としての自動二輪車の性能向上は著しく,市販の二輪車でも比較的安全かつ容易にスピードを出すことができるようになりました.四輪の自動車のように家族で出かけたり大きな荷物を運ぶような使い方には向きませんが,二輪車は小回りが効くため郵便や飲食店の宅配などに活躍しています.しかし,四輪の自動車に比較すると,近年の電動化や自動運転といった革新的な技術については導入が遅れているように感じるかもしれません.車体が小型で様々な機器を搭載するスペースにも限りがあるため,自動車で実現可能な技術であっても,自動二輪車にもすぐ適用できるとは限らないのです.また,自動二輪車は車体を傾けてカーブを曲がるという特徴もあり,体を使って操るような操縦の楽しさにつながる部分でもありますが,操縦を誤れば転倒するリスクもあります.

 ここで,野球やゴルフの練習について考えてみましょう.初心者の人が上達するために,きれいなフォームでバットやクラブが振れているか,上手な人にフォームを確認してもらってアドバイスをもらうという場面があるでしょう.バスケットボールやサッカーのシュートならどうでしょうか?やはり,実際の動きを見てもらってアドバイスをもらうことがあると思いますが,コーチ役の人は当然,動きを追って観察する必要があるでしょう.フォームを見てアドバイスをする,これは様々なスポーツで当たり前に行われていることだと思いますが,では,自動二輪車の運転についてはどうでしょう.移動速度と移動距離を考えると,コーチ役の人が動きを観察するためには,ずっと真後ろにつけて同じ速度で走るとか,あるいは長いコースに何台もカメラを設置して動画を撮影するしかなさそうです.モータースポーツの世界なら実現できそうですが,自動二輪車のユーザー一人一人について,その人の運転のクセや上手いところ,下手なところを見つけてアドバイスするにはどうしたら良いでしょうか?

 本研究で提案する計測システムは,このように一人一人の運転を理解できるように,瞬間瞬間の位置と姿勢をなるべく精度良く計測し,運転技術の向上につながるデータを取得することを目指しています.このため,車体に高額な計測機器を搭載したり,ライダーが特殊な装置を装着して操縦することなくデータを計測するために,外部から撮影した画像を用いるというアイデアに行きつきました.

 図2に,現在活用されている計測技術を自動二輪車に応用する場合の問題点を示します.図2の左上のように,四輪の自動車のための車載運動計測機は様々なものが開発されており,小型のものも多く実用化されていますが,自動車は積載スペースがあるため,ぎりぎりまで小型化した装置よりは,より高精度な計測ができる一定の体積と質量を有する装置というものが一般的です.そのまま二輪車に積載しようとすると,スペースが足りなかったり,質量が大きいため運動に影響を及ぼしたりしてしまいます.また,当然ですが小型で高精度の測定機器というのは高額ですので,本研究の目的である,多くのユーザーに気軽に使ってもらえる計測装置というコンセプトから少し遠のいてしまいます.

 また,図2の左下のように,人間の細かい動きを計測できる装置として,モーションキャプチャがよく知られています.体の各所にマーカーを取り付け,周囲から複数台のカメラで撮影し計算から位置を求める装置です.大変細かく人間の動きを捉えることができるので,映画やアニメなどでも応用されていますが,このモーションキャプチャシステムを高速で移動する自動二輪車に応用するためには,走行コースの全体において,常に2台以上のカメラで車体各所のマーカーが捉えられるように器材を揃えなければいけません.これも,誰でも気軽に計測できる装置というコンセプトには向きません.  世の中には様々な計測装置がありますが,自動二輪車の特徴を含めて検討した場合には,全く新たな計測システムを提案する必要があると考えています.

                 図2 既存の計測技術の検討


3 研究内容

(1)計測装置「スマートパイロン」の改良・試作
 図3に「スマートパイロン」の初期の試作機の概要を示します.

         図3 スマートパイロン

 自動二輪車を撮影するためのカメラには,全天球カメラと呼ばれる,画角が広いカメラを用いています.設計のポイントとして,カメラの光軸の向きを鉛直下向きに設定したことが挙げられます.空から見下ろすような視点での動画が得られることと,晴天時に太陽光が直接入射することが避けられるというメリットがあります.デメリットとしては,取り付けのための装置が映像の中に写ってしまうということがありますので,当初は図3の左側,緑のパイロンの側の模式図のように,一部を細くした特殊な形状のステーを自作しましたが,その後に透明なアクリルパイプを使うことを思いつき,これによりステーの影となって画像に映らない場所を完全に無くすことができました.さらに,半球状の鏡を用いて車両と車両が鏡に映った鏡像の両方を全天球カメラの画像に含めることで情報量を増やし,三次元情報を得ることにもチャレンジしましたが,計算式の上では求められることが分かりましたが,現状のカメラの解像度では限界があり,最終的には上下方向にも2台カメラを並べることで,対象物の高さについても求める方式に辿り着きました.このような試行錯誤を繰り返し,より良い計測方法を見つけるために,カメラ取り付け部を図4のように何回も作り直しました.

           図4 スマートパイロン全天球カメラ取付部の改良

(2)8の字走行計測実験  装置の使いやすさとデータの正確さを確認するために,試作した計測装置を用いて走行実験を繰り返しました.実験場所については,一般財団法人 日本自動車研究所 城里テストセンターの協力を頂き,綺麗に舗装されたエリアをお借りして走行実験を行うことができました.試験車両には,原動機付自転車クラスの電動車両とガソリンエンジン車両を準備し,それぞれについて走行中のデータを計測しました.図5に写っている,手前のイエローの車両がガソリンエンジン車で,奥側のホワイトの車両が電動車両です.

            図5 試験車両(ガソリンエンジン車,電動車)

(3)計測特性に係る基礎実験(画像同期検証実験,半球ミラー検証実験等)  単に走行実験を行なっただけでなく,基本的な位置計測の誤差の大きさを調べたり,よりより計測方法を考えるためにも,2台の全天球カメラで動画を撮影した場合にどのくらい同期しているか(タイミングが合っているのか)を調べたり,目盛のついた検測尺を撮影して角度と画像の関係を調べたり,半球ミラー越しの写像の大きさを求めたりしました.また,期間内にシステムとして完成できませんでしたが,図6のように2台の業務用体重計を含む一本橋を作り,その上をゆっくり通過することで前輪,後輪にかかる荷重を調べ,ライダーを含む二輪の重心位置を計測する装置を考案し,計測実験を行いました.このような基本的なデータを集める実験を繰り返すことで,装置の定量的な評価ができるように努めました.

                 図6 重心位置計測実験装置


4 本研究が実社会にどう活かされるか―展望

 本研究で提案する計測手法を元にした装置を実用化することができれば,二輪車の研究・開発の現場でより効率的に走行データを集めることが可能となり,魅力的な自動二輪車開発のお役に立てると考えています.図7に,提案する計測手法で得られた8の字走行の軌跡の一例を示します.

             図7 提案する計測手法により得られた走行軌跡

 図7では,研究者自らがテストライダーとなって走行した時の軌跡を示しています.プロのテストライダーではないので,右回りと左回りで綺麗に同じ大きさで旋回することができておらず,2本のパイロンの中点も通れていないことなど,簡単な計測ではありますが個人のクセや上手い下手をデータで表すことができるようになるかもしれません.  このように,誰にでも扱いやすい汎用性のある計測器として,一般ライダー向けの商品として製品化する可能性も検討しています.広く一般の二輪車ユーザーが自らの運転技量の確認や向上に活用することで,初心者も安全に操縦経験を積むことができ,高齢になってから再び自動二輪車に乗りたいと考えているユーザーにも,現在の技量を正しく把握するためのツールとして活用できると期待しています.このような計測装置の開発を通して自動二輪車の運転技量向上に関心を持っていただき,広く社会の交通安全に寄与できればと考えています.


5 本研究にかかわる知財・発表論文等

平澤,『複数の全天球カメラを用いた二輪車の位置計測』,自動車技術会2023年春季大会学術講演会講演予稿集,No.20235166,2023年5月.

平澤,『全天球カメラと球面ミラーを組み合わせた位置計測手法と二輪車の運動計測への応用』,自動車技術会2024年春季大会学術講演会講演予稿集,No.20245196,2024年5月.

J.Hirasawa, “Position Measuring System for a Motorcycle Using Quad Omnidirectional Cameras”, DOI: 10.59490/65a529a7050f6d3cde5424b5, The Evolving Scholar – BMD 2023, 5th Edition, 2024年9月(2023年の国際会議での発表から査読を経てConference paperとして発行されたもの).

平澤,『対向全天球カメラによる二輪車の位置計測』,自動車技術会2024年秋季大会学術講演会講演予稿集,No.20246166,2024年10月. 平澤,『全天球画像による自動二輪車の位置計測における適切なカメラ配置の検討』,自動車技術会2025年春季大会学術講演会講演予稿集,No.20255348,2025年5月.