[プレスリリース] 研究成果発表(伊藤昇 一般教養部講師)

報道機関各位

独立行政法人国立高等専門学校機構

茨城工業高等専門学校


結び目の微分を場の理論で実現

―30年以上前からの基本理論に新たな意味づけ―


1.発表者

伊藤 昇(茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 一般教養部 講師)
吉田 純(理化学研究所 革新知能統合研究センター トポロジカルデータ解析チーム 特別研究員)


2.発表のポイント

◆19世紀から研究されてきた結び目の交差交換の背後に潜んでいた空間的な背景を幾何学的に明らかにし、結び目の微分を場の理論を用いて実現することに成功しました。

◆直接的に特異点を評価する方法が、2000年代の圏論化の手法の意味で初めて実現されました。

◆今回の発見により、量子通信技術の開発が進展することが期待されます。


3.発表概要

茨城工業高等専門学校の伊藤昇 講師と理化学研究所の吉田純 特別研究員は、結び目(用語1)の交差交換(用語2)の背後に潜んでいた空間的な背景を幾何学的に明らかにし、結び目の微分を位相的場の理論(用語3)を用いて記述することに成功しました。

これにより、30年以上前から基本理論となってきた結び目のバシリエフ不変量(用語4)に新たな意味づけがなされたことになります。

また、今回の発見により、量子通信技術の開発が進展することが期待されます。

この論文は2021年6月1日発行の学術誌「Topology and its Applications」に掲載されます。


4.発表内容

研究の背景

1990年にジョーンズがフィールズ賞を受賞したきっかけとなったジョーンズ多項式(用語5)は、テーラー展開の各次係数がバシリエフ不変量となっていることから、1990年代の数学においてはバシリエフによる理論の背景を深く理解することで、結び目全体を研究するというアプローチが盛んに行われました。このことにより3次元空間の図形がどういうものがあるのか、という研究が深まり、物理、化学、生物学といった方向に大きな影響を及ぼしました。

一方で、2000年代には圏論化(用語6)と呼ばれる手法により、ジョーンズ多項式が、より高次元の結び目不変量(用語7)により記述される、ということが発見され、その背後にある位相的場の理論への研究が進みました。しかしながら、ジョーンズ多項式とバシリエフ理論の具体的な関係については、関係性の可能性は理論的に示唆され、期待されつつも、研究の方向性すら判然としないままでした。

研究内容

今回、二つの理論が直接関係することを示した2020年の伊藤-吉田の例(用語8)を位相的場の理論における豊かな応用の可能性を示す証拠を曲面を使った汎用性のある形で展開し、理論体系として与えました。

特に画期的なことは、90年代のトポロジーに新たな意味づけを与えたことです。この時期にバシリエフとコンツェヴィッチにより、特異点の分類によって結び目の構造を解析する手法が確立しましたが、今回の論文では、この視点に基いた交差交換が、位相的場の理論においては、図2の曲面によって記述できることが明らかになりました。

さらにこの新しい記述によれば、図1のカスプ型特異点には、位相的場の理論の高次の構造が対応することが強く示唆されます。

図1:カスプ Σ2 と、交差交換Σ1と結び目の捻りの関係
図2:交差交換(図1における(2))の位相的場の理論におけるオペレーションの正体

社会的意義・今後の予定

これまで数十年、紐の捻りによって調整していた方法(上記図1(1))ではなく、直接的に特異点を評価する方法(図1(2))が2000年代の圏論化の手法の意味で初めて実現されたことになります。

このことにより、少なくとも19世紀から考察されている、交差交換というオペレーションに新しい空間的な背景が明らかになったことになり、より強い道具を生み出していくパラダイムシフトを引き起こすことが期待されます。

また、近年では圏論化された結び目不変量が量子通信技術に応用できることがわかってきました。今回の発見により、その分野での技術の開発が進展することが期待されます。

写真:本論文の問題を解いた時の黒板


5.発表雑誌

雑誌名:「Topology and its Applications」(6月1日発行vol.296掲載予定)

論文タイトル:A cobordism realizing crossing change ontangle homology and

 a categorified Vassiliev skein relation

著者:Noboru Ito, Jun Yoshida


6.問い合わせ先

【研究内容に関すること】

茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 一般教養部 講師

伊藤 昇(いとう のぼる)

TEL:029-271-2614(研究室直通)

E-mail:nito@ibaraki-ct.ac.jp

【報道に関すること】

茨城工業高等専門学校 広報室

TEL:029-271-2952

E-mail:pr@ibaraki-ct.ac.jp


7.用語説明

(用語1)結び目:

閉じた1本の紐のこと。物理学、化学、生物学に現れる。直接紐になっていなくても飛行機の翼端の渦や宇宙空間の交差空間を結び目だということもある。

(用語2)交差交換:

交差交換は、2つの紐を使って机などに十字に重ねて交差を作るとき、この交差1つに対して、交差をなす紐の上下を接ぎ替えにより入れ替えること。

(用語3)位相的場の理論:

量子論によれば、空間内を飛び回る粒子は、空間内に広がる「状態」とみなされる。このような設定を数学公理系として記述したものが位相的場の理論である。「状態」を捉える空間を時間発展させた、より広い空間を数学で扱えるようになる。

(用語4)バシリエフ不変量:

特異点の分類によって結び目の構造を記述した時に自然に現れる結び目不変量(用語7)である。計算効率が良いことでも知られる。

(用語5)ジョーンズ多項式:

1984年頃に作用素環論と呼ばれる分野から見出された結び目不変量。ジョーンズ(1990年にフィールズ賞受賞)が発見した。なお、結び目量子不変量として、またスケイン関係式により再定式化がなされ、量子パラメータを変数として持つ。

(用語6)圏論化:

厳密な数学的な定義はなく数学の上部構造を表すキーワード。低次元の数学的対象を高次元で実現し、構造を精密化すること。

(用語7)結び目不変量:

結び目の関数のことで、連続的に動かしても変わらない値をとるもののこと。

(用語8)2020年の伊藤-吉田の例:

結び目の交差交換に対して、ジョーンズ多項式の次数と係数を共に動かさないような圏論化を明示的に行った最初の例 (2020年6月24日に本校からプレスリリースを配信)。



※2021年5月31日 一部更新