[プレスリリース]研究成果発表(佐藤一般教養部・准教授)

令和2年10月13日

国立大学法人東京大学 物性研究所

独立行政法人国立高等専門学校機構 茨城工業高等専門学校

世界初、超強磁場中で「格子ひずみ」の直接観測に成功

– コバルト酸化物の新たな電子状態を発見 –

1.発表者

池田 暁彦(東京大学物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設 助教)

松田 康弘(東京大学物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設 准教授)

佐藤 桂輔(茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 一般教養部 准教授)

2.発表のポイント: 

◆200テスラ強磁場中で結晶格子変形の観測に世界で初めて成功しました

◆コバルト酸化物の新たな電子状態を強磁場中で発見しました

◆磁気・格子ひずみが交差する新規スイッチ・センサ素子の開拓に道を示しました

3.発表概要

 東京大学物性研究所の池田暁彦助教、松田康弘准教授、茨城工業高等専門学校の佐藤桂輔准教授らの研究グループは、コバルト酸化物の新しい電子状態を発見しました。コバルト酸化物は遷移金属酸化物の一種であり、遷移金属酸化物はメモリ、スイッチ、センサー素子などの材料として高い関心を持たれている物質群です。電子の自由度である電荷やスピンなどが強く相関し合い、多彩な性質を示すからです。

 これまでコバルト酸化物では100テスラ超強磁場中で磁気と電子状態が結合した謎の電子状態をとることが知られていましたが、測定の困難さから詳細は未解明でした。今回研究グループは200テスラ超強磁場中でのひずみ計測を世界で初めて実現し、異常な格子変形を確認しました。その結果、コバルト酸化物では磁気と電子状態に加えて、結晶のかたちが重要であることを明らかにしました。スピン状態(注1)という自由度が結晶化すると、新しい結晶のかたちが安定化し、その結果新しい電子状態が実現することを初めて示しました。本研究成果は、格子ひずみ・磁気が結合した新規メモリやスイッチ素子への応用に道を示したといえます。

 本成果は10月19日(米国東部夏時間)にPhysical Review Lettersに掲載される予定です。

4.発表内容

① 研究の背景

 酸化物の電子状態変化はメモリ、スイッチ、センサー素子など、現代社会を支える機器に無数に応用されています。酸化物の新規電子状態が見つかれば、これまでにないデバイスへの応用が期待されます。池田助教らは2016年にコバルト酸化物LaCoO3の超強磁場中での磁化測定から、磁場に誘起される磁気と電子状態が結合した謎の秩序相を2種類発見しました(Phys. Rev. B 93, 220401(R)(2016))。この秩序相は、「電子相関(注2)」と「スピンクロスオーバー(注3)」という現象が絡まった新しい電子状態であると期待され、多くの理論的予測がなされました。理論的予測は、大きく分けてスピン状態という自由度が結晶化した新たな電子状態である説と、スピン状態が励起子を組む説(注4)に分かれました。しかし、磁化の結果だけでは両者の違いを解明できず、超強磁場環境中における新たな実験手法を用いた検証が待たれていました。

 そこで研究グループはコバルト酸化物の「スピン状態」の自由度が、磁気だけでなく、電子状態や格子体積と強く結合した自由度であることに着目しました。そして、「格子ひずみ」を介した測定によってLaCoO3の謎の秩序相の起源を解明することを着想しました。このためには、超強磁場環境での精密な測定が要求されますが、超強磁場はマイクロ秒しか持続時間がなく、かつ、測定チャンスは一回のみ、と困難を極めます。これに対し、池田助教らは、超強磁場環境中においても測定可能な、新たなひずみ計測法を開発し、世界最速100 MHzの超高速ひずみ計測法の実装に成功しました(Rev. Sci. Instrum. 88, 083906 (2017)、注5)。この手法は結晶構造のマクロなひずみを光学的に検知する画期的な測定手法であり、これによりLaCoO3の超強磁場における謎の秩序相の起源を解明する準備が整った状況にありました。

② 研究内容

 今回、研究グループは超高速ひずみ計測法を用いて超強磁場中における「格子ひずみ」の測定を世界で初めて達成し、これによってLaCoO3の電子状態を解明することに成功しました。具体的にはまず、LaCoO3の2種類の謎の秩序相はどちらも磁場に対して一定のひずみ値をとることから、謎の秩序相は、スピン状態が結晶化した新たな電子状態であり、スピン状態が励起子を組んだ状態ではないことを初めて実験的に示しました。さらに2種類の秩序相はそれぞれ異なるひずみ応答を示すことを定量的に明らかにしました。これにより、2種類の秩序相ではスピン状態の結晶が異なる種類のものであることも明らかにしました(図)。

③ 社会的意義・今後の予定

 本研究により発見された電子状態を利用した機械ひずみ・電子状態・磁気が結合した新規メモリやスイッチ素子への応用が期待されます。

 今回測定に使用したLaCoO3は、50年以上もの間、研究対象として扱われてきた物質で、現在でもその不思議な電子状態が研究者を魅惑しています。そのような典型的なコバルト酸化物で、超強磁場を用いた測定から、スピン状態の結晶というまったく新しい電子状態が見い出されました。これは、超強磁場下による新しいサイエンスの可能性を示しています。

  また、計測技術の観点からも、超強磁場環境中における超高速ひずみ計測技術の有用性が示されました。すでに、1000テスラ極限強磁場環境まで磁場が発生可能な磁束濃縮法と組み合わせた測定が進行しています。そこでは今回の報告よりも一桁程度強い磁場により、スピン状態が励起子を組む状態などの新規電子状態が発見されることが期待されています。超高速ひずみ計測法は、超伝導体から金属まであらゆる固体物質に適用できます。今後、超強磁場の発生と計測技術の併用により、今まで見えていなかった新たな電子状態や相転移の発見が期待されます。

5.発表雑誌

雑誌名:「Physical Review Letters」(オンライン版10月19日掲載予定)

論文タイトル: Two Spin-State Crystallization in LaCoO3

著者:Akihiko Ikeda*, Yasuhiro H. Matsuda, Keisuke Sato

6.問い合わせ先

【研究内容に関すること】

東京大学 物性研究所 助教

池田 暁彦 (いけだ あきひこ)

TEL:080-4936-7605

E-mail:ikeda@issp.u-tokyo.ac.jp

茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 一般教養部 准教授

佐藤 桂輔(さとう けいすけ)

TEL:029-271-2803(研究室直通)

E-mail:skeisuke@ge.ibaraki-ct.ac.jp

【報道に関すること】

東京大学物性研究所 広報室

TEL:04-7136-3207

E-mail:press@issp.u-tokyo.ac.jp

茨城工業高等専門学校 総務課 研究協力・地域連携係 

TEL:029-271-2952

E-mail:kenkyo@sec.ibaraki-ct.ac.jp

7.用語解説

(注1)スピン状態:

 結晶中のイオンの電子状態。スピンの長さ、電子状態、格子体積が強く結合した自由度である。今回対象となったLaCoO3では、それぞれ固有の異なる磁化・体積・電子状態をもつ低スピン状態・中間スピン状態・高スピン状態があり、スピン状態が上がるごとにそれぞれの値が大きくなる。

(注2)電子相関:

 固体中の電子がクーロン反発でお互いをよけて運動することで誘起される非自明な多体効果。

(注3)スピンクロスオーバー:

 スピン状態が、温度、圧力、磁場、光などの外場による影響で異なるスピン状態と入れ替わる現象。本研究では磁場と温度によりスピンクロスオーバーが制御された。

(注4)スピン状態が励起子を組む説:

 スピンクロスオーバーが起こることを電子正孔対(励起子)の生成とみた場合、励起子が無数に発生し最低励起状態を占有しボーズアインシュタイン凝縮を起こす現象が理論的に提案されている。

(注5)超高速ひずみ計測法:

 本計測法はファイバーブラッググレーティング(注6)という先端的ひずみ計測素子が応用されているものである。従来比約2000倍におよぶ100 MHzでのシングルショット計測が実現されたことで、超強磁場でのひずみ計測が可能になった。

(注6)ファイバーブラッググレーティング:

 シングルモード光ファイバのコア部に屈折率のモジュレーションを構築したもの。ブラッグ波長に対応する光のみ反射される。光ファイバーの伸び縮みをブラッグ波長の変化として離れた場所から高速に検出できる。実験では光ファイバーを測定対象に接着し、測定対象のひずみを光ファイバーに伝達してひずみ測定を行う。ほとんどすべての物質を対象としてひずみを光学的に検知できる特徴がある。

8.添付資料

図 発見した100テスラ超強磁場における相転移の模式図

コバルト酸化物で発見された2種の電子状態はそれぞれ異なる格子の形をもつ。どちらもスピン状態が整列したスピン状態の結晶と考えられる。